2024.9.30 向精神薬と身体拘束

向精神薬よりは身体拘束が安全と考えられる例について
 前回、介護スタッフが、高齢者の行動の課題に対して、医師に向精神薬を求める介護施設の話を記載した。
そのような施設でも、通常、「身体拘束は行いません」ということになっている。身体拘束を行うにあたり、厳しい基準が求められてからは、身体拘束は介護現場では、一種のタブーとなっている感がある。身体拘束をしない代わりに、「介護スタッフが医師に向精神薬を求める」という方法が、いとも簡単に行われている感がある。
さて、向精神薬は、米国のFDA(連邦政府の公的機関で、日本の厚生労働省の機能のうち薬事・食品などを取り扱う)は、認知症の周辺症状に向精神薬を使用すると死亡率を高めるという「警告」を発してきた。介護スタッフは、医師に向精神薬を安易に依頼するが、つまり、それは、目前の利用者の死亡率を高める行為を介護スタッフは求めているのである。
 このような利用者の行動への対応の課題は、私の認識では、医療の問題というより、介護の問題であることが多いことも前回述べた。介護施設の介護力が弱いほど、介護施設は、それを医療の問題としてとらえ、医師が解決すべき問題ととらえる傾向があることを記載した。また、そのような介護の課題が、「精神科」の課題ととらえられる例についてもお話しした。
 しかし、一方で、認知症の周辺症状や興奮状態によって、どうしても、介護の力だけでは、安全が確保できない事例も、少数ながら存在すると思われる。そのような事例に、向精神薬を使用するかどうか、という課題がある。FDAによって、周辺症状に使用するとき、死亡率を高めるという警告がされている薬を、あえて使用するかどうか、という判断である。
 私は、こういう例で、身体拘束を推奨することがある。身体拘束は、死亡率を高める可能性が低いからである。また、身体拘束実施には、非常に厳しい基準と手続きが設けられている。非代替性、切迫性、一時性を満たし、家族の同意を得たり、所内での会議を経て実施することになっている。安易な介護職による向精神薬の要求が、基本的に恣意的に行われるのに比較して、はるかに正当な手順を踏んで行われる点においても良い方法である。こういう事例で、身体拘束を推奨すると、「うちの施設では身体拘束はやりません」と施設長に言われたりするが、これも、不思議な話である。手順を踏まずに、安易に死亡率を高める薬を医師に要請することは行うが、手順を踏んで身体拘束をすることはしないというのは、理解に苦しむ。
 身体拘束をしない、という施設の方針は矛盾をはらんでいる。身体拘束を行うことが悪いのではなく、安易な身体拘束が批判され、本当に必要な人にのみ必要な期間だけ身体拘束が行われるために、現在のような手順が確立されたのである。「身体拘束をしない」が、安易な向精神薬の要請は医師に行う、という方針が矛盾していると考えるのである。 (和田忠志)
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